日日の覚え帖 市川慎子

2月△日 雪のち晴れ

おとついから降り続けた雪がやっとやんだ。雪に反射する太陽がまぶしい。
長靴を履き、クシャクシャと雪を踏みながら、郵便局に出かける。カーディガンに、ベストに、マフラーに、コートに、手袋。たっくさん着こんだから、体がまあるい。こういうむくむくとした格好をすると、気持ちまでおうようになったような気になる。だるまになったような、サンタクロースになったような気分。

「あのな、これな、明日の夜までに秋田に着くかね?」
グレーの毛糸の帽子をかぶったおばあさんと、茶色の毛糸の帽子をかぶったおじいさんが、窓口で係りの人に聞いている。どちらも長靴を履いて、こんがりと日焼けており、おじいさんの方は作業着姿だ。
「着きますが、確実じゃないです。速達にしてもらったほうがいいかもしれませんね」
「んじゃ、そうしてくれ。これ、送るんだわ」
おじいさんが指差す先を見ると、ビニール袋に入った香典袋があった。
ご親戚かな、お友だちかな。お知り合いの誰かがお亡くなりになったのだろう。明日の夜がお通夜なのだ。

帰り道、両手をポケットに入れて、すべらないように下を見ながら念入りに歩く。
途中の路地で、花柄の布でほっかむりをしたおばあさんとすれ違った。寒いからか、この辺りでは、ほっかむりをした老嬢を、冬、よく見かける。黒と白のチェックだったり、ふんわりとした藤色だったり、黒地にピンクの花柄だったり、首の下できゅっと結ばれた布は、どれもほんの少しかわいい。女の子だなあと思う。

紅い椿が、深みどりの垣根にぽんっぽんっと咲いている。駐車場の雪をガリゴリ運んでいるおじさんがいる。
帰ってすぐ、ストーブをつけて、アルミはくで包んだサツマイモをのせた。皮が少し焦げた、金色のとろりと甘い焼き芋。やけどしないように気をつけながらスプーンで掬って、一本きれいにぺろりと食べた。

imo
  1. 2010/02/08(月) 20:10:12|
  2. 日日

2010年

年賀

久しぶりの更新となってしまいました。

郡山生活も、残すところあと一年少し。
思えば、こちらに来てから、ほー、そんな風習がー、と思った事もいくつかある。
というわけで、今年は、その辺りのことも書き留めていけたらと思います(希望)。

ぽつぽつとしか更新しないダメブログですが、
本年も何卒、よろしくお願い申し上げます。
  1. 2010/01/19(火) 22:30:18|
  2. おしらせ

おしらせ

神戸でこんなイベントがあるようです。お近くの方はぜひ。
------------------------------------------

■トークイベント
とある二都物語
山上の蜘蛛、あるいはボン書店の幻 モダニズム詩の光と影
対話−季村敏夫×内堀弘
司会−北村知之

『山上の蜘蛛』と『ボン書店の幻』は、ともに「モダニズム(詩)」を主題にした詩人たちの物語です。その出生において時と場所を異にしながら、この二書はどこか兄弟に喩えたい気持ちを抱かせます。時代の苛酷さはグラデーションのように色の濃淡を変えて今を染めあげています。詩人たちはいつもその苛酷さに晒されて立ちつづけてきました。痕された詩集、詩誌はその姿をわたしたちに辛うじて教えます。おふたりの労作はポンペイの遺跡で見つけられた不自然な空隙に石膏を流し込んだ考古学者のように、詩人たち(ボン書店主・鳥羽茂は出版人である前に詩人であった)を生きた姿でとりだす作業でした。 戦争前夜のふたつの都市の片隅に舞い降りて消えていった言葉の断片。おふたりの対話はきっと、ページの上で消え入る言葉をふたたび舞わせ、かつてそれが舞い降りてきた空の方角を指し示すにちがいありません。

オープニング音楽かえるさん(細馬宏通)にしもとひろこ(from たゆたう)
主催−りいぶるとふん‘ドノゴトンカ Donogo-o-Tonka’
共催−塩屋音楽会/震災まちのアーカイブ
場所−旧グッゲンハイム邸 http://www.geocities.jp/shioyag/index.html
655-0872 神戸市垂水区塩屋町3丁目5-17 Tel: 078-220-3924 Fax: 078-202-9033
JR山陽塩屋駅、北側線路沿いを東へ200m後、トンネルをくぐり、さらに100m、遮断機を越え、すぐ。駅より徒歩5分。 *駐車場はありません。
日時−12月22日(火)冬至

16:00 開場
16:53 開演  音楽−かえるさん(細馬宏通)  にしもとひろこ(from たゆたう)
18:00 季村敏夫×内堀弘トーク
20:00 終演 
※開演時間は冬至の日の入り16:53(神戸)に因んで。17時開演とお考えください。日没の海を眺めながらはじまります。
料金−予約 2,000/当日 2,500
予約・問い合わせ−旧グッゲンハイム邸事務局(TEL:078-220-3924 FAX:078-202-9033 E-mail:guggenheim2007@gmail.com) 
※ご予約送信の際に、ご希望の鑑賞日、お名前、電話番号、枚数を明記下さい。

季村敏夫─きむらとしお詩人。1948(昭和23)年、京都で生まれ、神戸市長田区で育つ。古物、古書籍商を経て、現在、アルミ材料商を営む。著書に詩集『木端微塵』(書肆山田、2004年。山本健吉賞)、『Love is 永田助太郎と戦争と音楽』(共編著、震災まちのアーカイブ、2009年)、『山上の蜘蛛』(みずのわ出版、2009年)ほか。

内堀弘─うちぼりひろし古書店主。1954(昭和29)年、神戸で生まれ、東京で育つ。1980(昭和55)年に古書肆「石神井書林」を開業。詩歌書を専門に、1920−30年代のモダニズム文献を扱う。著書に『ボン書店の幻』(白地社、1992年/ちくま文庫、2008年)、『石神井書林日録』(晶文社、2001年)、『日本のシュールレアリスム』(共著、世界思想社、1995年)ほか。94年から『図書新聞』に「古書肆の眼 耽奇日録」を連載している。

北村知之─きたむらともゆき1980(昭和55)年、神戸で生まれ、神戸在住。海文堂書店http://www.kaibundo.co.jp/ に勤務。「雑誌」「芸能」を担当し、特に関西のリトル・マガジンを集めた棚に力を入れる。編著に『神戸の古本力』(みずのわ出版、2006年)。『spin』に日録「エエジャナイカ」を、「[書評]のメルマガ」http://back.shohyoumaga.net/ に「全著快読 編集工房ノアを読む」を連載。

かえるさん 細馬宏通 http://www.12kai.com/beach/ −ほそまひろみち2004年ごろより、「かえる目」のボーカルとしてあちこちで歌い始める。報われないのに夢見がち、リーチは長いが頼りない歌詞を携えてときどきソロも。「かえる目」としてアルバム『主観』『惑星』発売中。著書に『浅草十二階』(青土社、2001年)『絵はがきの時代』(青土社、2006年)『絵はがきのなかの彦根』(サンライズ出版、2007年)など。

にしもとひろこ http://nishimotohiroko.net/1982年大阪生まれ。二人三脚的音遊びユニット「たゆたう」の歌とギター担当。1stアルバム『いちにちのながさを、はなうたできめる。』発売中。空気にただよう大人にも子どもにも聴こえる独特な声色で、ソロ活動のほか、ボーカル・コーラスサポートとしても活動。その他、主に墨汁を使用したペインティングでのライブパフォーマンス活動もちらほらと。
  1. 2009/11/20(金) 13:39:29|
  2. おしらせ

10月某日 晴れ時々くもり 磐越北陸道

まっかな葉をつけた蔦が、高速の中央分離帯に、わっさりと絡まっている。稲刈りが終わって丸刈りになった田んぼと、ぽたぽた色づき始めた山々。二週間ぶりに正式に外出したら、本物の秋になっていた。
一時間ちょっと走り、阿賀野川サービスエリアに入る。トイレに、こんな紙が張ってあった。

「展望台
広大な流域と長大な流路を持つ
日本有数の大河『阿賀野川』を望めます。
山の間を壮大に流れてゆく川の姿と
季節によって変わる山々の景色をご覧下さい」

「広大」とか「長大」とか「壮大」とか、やけに堂々とした言葉遣い。土日に限り、一日二回、SLも見えるという。ちょうど会津行きが通る時間だというので見に行くことにする。

建物の後ろにある広場のようなところが、どうやら展望台らしい。シューン、シューン、シューンと、すぐ下の高速道路を走る車の音が聞こえる。苔色の川にぷかんと浮かぶ屋形船。たしかに山と川と高速道路がたくさん見えるが、そこまで良い景色なわけではない。
わたしのほかには、中高年の男女二人組が先客でいた。おとうさんの方は柵に足をかけ、のびあがって遠くを見ており、おかあさんの方は手を後ろで組み、ゆっくりと辺りを歩きまわっている。

しばらくするとホッホ〜という汽笛の音が聞こえ、森の中からもくもくもくと白い煙があがった。おとうさんが、
「あっちだ、あっち!」
うれしそうに声をあげる。SLが見たい、というおとうさんにつきあってあげたのだろうか。おかあさんは、そうね〜見えるわね〜といった感じで、それほど興奮していない様子。

展望台の一角にあった「SLが見える丘」に登って待っていたら、ほんの一瞬だけ、蒸気を噴出しながら走る機関車が見えた。
わたしの後ろで背伸びをしていたおかあさんが、
「あら〜、すこしだけなのねえ」
残念そうにつぶやく。あっという間で、遠すぎて、わたしにも何がなんだかさっぱり分からなかった。
あの紙がトイレにしか張ってなかったのはこういうことか。たいしたことないから、たぶん気が引けたのだ。

新潟ジャンクションを越え、富山を過ぎ、途中、砺波で一旦高速を降り(散居村展望台に行くため)、また乗って、今度はご飯を食べるため、小矢部サービスエリアに入った。
食券売り場に行き、券を買い、うしろを向くと、その場にいる人がみな、こっちを向いている。どうやら石川遼がゴルフをしているらしい。券売機の右上にあるテレビを、おじいさん、お父さん、お兄さん、特に男子が真剣な顔つきで見ていた。

わたしの隣のテーブルでは、赤いチェックのシャツを着た休日風のおじさんが、うどんをすすっている。テレビが気になるのか、曇らないようにメガネを外すのだけれど、一口食べる度にまたかけ直し、亀のようにぐぐーっと首を伸ばし、また見続ける。

カツカレー(700円)を取りに行き、食べ始めたところで、
「あ、あ、ああーーー」
テレビを見ていた人たちが、全員そろってため息をついたのが聞こえた。私のいるところから画面は見えない。でも、なんだか全体的に失敗したような雰囲気。
飲み水をもらいに行くと、もう一度、今度はさらに大きな声で、
「あっ、あ、あ、ああ〜〜〜」
もっと失敗したような感じ。みんな一斉にガサガサと席を立ち、さあーっと、潮が引くようにいなくなった。満員だと思っていた食堂がすっからかんになる。

金沢あたりで日が暮れ、まっくらになってから福井に着く。明日の天気は、晴れだと聞いた。
スプーン
  1. 2009/10/21(水) 22:47:23|
  2. 日日

9月某日  とても晴れ

午後、今日も歩いて産直に行く。いつも通る道ぞいの庭で、コスモスが揺れている。
桃祭りは、ほんとうにあっというまに終わってしまった。いまは梨とぶどうの季節らしい。楽しかった祭りが、あんまりにも早く終わってしまったので、これからは開催時期を、きちんと日記につけようと思う。

先日、車に乗りながら聞いたラジオによると、今の時期、鹿児島(だったかな、九州のどこか)の村では、女の人が集まって柚子こしょう作りに励むという。
「わたしらが作るのはね、青柚子を使うんですよ。だからね、とーってもおいしいの」
リーダーらしきおばさんが、ぴかぴかとした晴れがましい声で話していた。全国から注文がわんさか来るらしい。
柚子こしょう、去年はわたし、黄柚子で作ったのだが、そうか、青柚子で作っても良いかもしれん、と青唐辛子4袋(一袋100円)と青柚子8個(一個50円)を買う。たくさん作ってみんなに配りたい。

産直では最近、収穫物を入れたカゴに手書きのおすすめ料理を貼りつけるのが、流行っているみたいだ。黒のマジックでキュキュキュと威勢良く、

「シンシア(クリーミーな味)、ふかすかゆでで塩。
バター、マーガリン等でぜひおためし下さい。美味!!」

「小いも、中いも、使いきりサイズで便利でお得。
ポテトにゆででから、皮をむく、そのまま塩、バターでおやつに、
煮物、カレー、シチューに●▲×(以下、達筆すぎて判読不能)」

どちらもじゃがいもの宣伝文句で、こちらの言葉で「茹でて」は「ゆでで」と発音する。だから、そのとおり忠実に書いてある。強い筆圧、斜めにかしいだくずし文字、勢いこんでペンをにぎるおばさんの姿と熱意をほうふつとさせるような文面。七夕の短冊形の細長い紙に書いてあった。

ほかに買ったのは梨・幸水一袋(400円)、生椎茸・原木(150円)、オクラ一袋(80円)、なす一袋(100円)、シソの実・一袋(80円)、枝豆・湯あがり娘(200円)、あけび三つ入り一パック(150円)。

あけびの実は、乳白色のゼリー状で、黒くて小さな種がカエルの卵のようにびっしりと入っていた。種をぽろぽろ出しながら食べたら、ものすごく甘かった。果物というより、砂糖水の甘さで、昆虫になったような気がした。
akebi
  1. 2009/10/05(月) 19:28:34|
  2. 日日

エンドレスファイター

昼頃、郡山を出る(その前に産直でひとふくろ500円の梨を買う。Wへのお土産)。台風が近づいているらしい。風が強いのはそのせいだろうか。

磐梯山サービスエリアに入る直前、軽トラックに追いついた。荷台がそのまま檻になっていて、なかに茶色い牛が入っている。よく見る黒白の乳が出そうなのではなく、ふっさりとした巻き毛を持った、たいそう立派な牛。両足を二等辺三角形にふんばり、横をむき、風に吹かれながらクルミのような小さな目でなにかを見ている。うんこするかな、するといいな、と思ったけど、しなかった。
追い越してサービスエリアに入ると、軽トラもついて来た。ガソリンスタンドにすうっと入っていく。

車を停めて見に行くと、おじさんがふたり、運転席から降りてきて、牛に何か話しかけている。ナンバーは鹿児島。フロントガラスの上に赤い文字で大きく「エンドレスファイター 優武勝号」(「号」は旧字)とある。
この牛、「優武勝号」っていうのかな。戦うのかな。強そうだものな。無料で見ることができて得をした。

しばらく走り、米山のサービスエリアに入り、ご飯(カツカレー)を食べ、売店を見まわり、出てきてみると、またあの軽トラ牛が駐車場の隅っこに停まっていた。おじさんたちは留守らしい。
近くに行き、眺めてたら、小学校低学年くらいの男の子とそのお父さんもやって来た。
「大きいなあ、すごく大きいよね」
男の子は、何度もこう云い、ぽんぽんと飛び跳ね、両手でVサインをつくり、エイ、エイと牛に繰り出す。
攻撃に驚いた牛が、ぎしぎしぎしと足を踏み鳴らす。車がゆ〜らゆ〜らと大きく揺れた。

ほかに、サービスエリアで見たもの。

● ビーチサンダルを履いた坊主頭のいかついおじさんが、むくむくとしたぬいぐるみのお財布(白くて水色のリボンがついたごまちゃん)を首からさげて、ラーメンを食べていた。

● 前に座ったおばさんふたり。ひとりが何かを買いに行き、すぐ戻ってくる。「あー、残念、売り切れだった」「あらまあ、それは残念ねえ」「でも、肉まん、肉まんあっちにあったわよね」「あ、肉まん、肉まん、あ、それにするといいかも」そういいながら仲良く連れだって行く。何が売り切れだったのか、振り向いてみたけれど分からなかった。

● 口を「おっばいぱいぱい」とお乳を飲んでいる形(富士山型)にあけたまま、お母さんに抱かれている赤ちゃん。ふさふさの髪に、ピンク色のひらひらした髪ドメをつけている。とてもどっしりとしたお顔立ちで、女の子みたいにみえないけれど、あれをしてるから女の子なのだと思う。しかし「どっしり」に「かわいい」をプラスすると、なんともいえない独特のかわいらしさがうまれるな。

道路脇で、たくさんのススキがびゅうびゅうと風に吹かれている。黄色の田んぼが、ところどころ刈り取られている。今年の夏は、ほんとうに少しだった。もう寒くなってしまうのかなあ、となんだかちょっと小さな気分になった。
  1. 2009/09/19(土) 19:50:13|
  2. 日日

翡翠園

ぐねぐねのパイプがびっしりとはりついた工場が右手に見える。
さっきより雨が強くなってきた。雨粒が車の窓ガラスに、勢いよくぶつかってくる。
(ほんとうに雨女だよねえ、わたしは)
悔しいような誇らしいような痛ましいような気分のまま高速を降り、住宅街の一角にある「谷村美術館」に着いた。

入場券を買いに受付に行く。そしたら、
「ここだけですよね?」
係りのおばさんが念を押してきた。どうやら他にも、関連施設があるらしい。
「あの、翡翠園って名前で、このパンフレットにもあるんですけど(と云いながら、見せてくれる)、日本庭園とか、翡翠の巨石とか、翡翠美術館とか…行かれません…よね」
両方入ると800円、美術館だけだと500円だという。おもしろそうなので、行くことにした。

まずは谷村美術館へ向かう。ここは建築家・村野藤吾が晩年に設計した美術館らしい。
料亭っぽい門をくぐったら、岩でできたようなむっくりとした建物が現れた。洞窟みたいなとろんとしたフォルム。フランスで見た、コルビュジエ設計のロンシャンの教会を思い出す。たしかあの教会も、(設計者は違うけれど)“建築家晩年の作”だった。もしかしてわたしの好きなおじいちゃん建築か? とうれしくなる。

こじんまりとした玄関を抜けると、乳白色の壁がそびえたつ、繭の内部のような空間に出た。
ゆるやかなカーブを描く壁のむこうに、大きな仏像が、どーんと立っておられる(ここは仏像美術館なのでした)。で、その仏像のところに行くと、また次の仏像が、壁のむこうから「こっちにおいでー」と顔を出す。そういう仕組みになっている。
どの部屋も、大きくて、まあるくて、ほの暗くって、ロンシャンでも感じたけれど、人は年をとると、こういう建物を作りたくなるのかなあ。あっちの世界に片足をつっこんじゃってるような穏やかで不思議な建物。胎内回帰かしらん。
パンフレットによるとこの美術館は、村野先生、御年93歳のときの作品であらせられるらしい。

ぼたぼたぼた。雨がさらに激しくなってきた。受付で小学生がさすような黄色い傘を借りて、びしゃびしゃ走って車に戻る。
おばさんによると、「翡翠園」は、ここからまあーっすぐ戻っていただき、右に曲がって、左に曲がって、またまあーっすぐ行ったところ、お城の石垣のようなところ、にあるらしい。
そのように進み、車が一台もとまっていない駐車場に入った。

こい

細い石段を登り、門をくぐる。思ったより広い。意外に正式な日本庭園だ。
入ってすぐのところに、名物「70トンのコバルト翡翠の原石」があった。入口の看板によると、あまりに大きいため、搬入の際、「大型ブルトーザー」や「百五〇トンクレーン」を使わねばならんかったという。ようするに、そのような労力に値する、まれにみる貴重なお石だと、この看板は云いたいのだな。わたしには、ただのおっきな石にしか見えんがなあ。

少し進んだ左手に、ぐね〜と曲がった松の盆栽が、ぱっちり目立つように置いてある。うしろの壁に紙が貼ってあり、

「『糸魚川真柏』
前方にあります鉢植えです。(松柏類)
当地の岩山の絶壁などに植生しており、
かつては山下ろし(取りに行く)で、
命を落とされた方も多数おられたとのことです。
(この鉢は、百万円以上と言われます)」

説明がいつの間にか自慢になってしまっている。ふふふふ。

しっとりと湿ったふかふかの苔。「ごはんくれくれ」と群がる鯉。それらを見ながら、庭をぐるっと一周まわり、見晴らしの良いあずまやに入った。緋毛氈の敷かれた縁台に腰かけ、雨音を聞きながら、ぼーっとしていたら声がした。
「あ、こっちだ、こっち」
はっ!と見ると、急ぎ足で門のほうからやってくる、おじさん二人。庭には目もくれず、とっとっとっとっ、あっという間に翡翠美術館のほうへ駆けて行く。

翡翠美術館はどうやら半地下にあるらしい。おじさんに続いてあずまやの脇にある階段を降りると、小さな部屋に出た。
赤茶色の床、黒い壁、ガラスのショーケース、その後ろに水色のうわっぱりを着て、まっくろな髪の毛を赤色のゴムでしばった売り子のおばさんが立っている。ショーケースに仕込まれた蛍光灯のせいで、おばさんの顔が、ぼうっと青白い。
中国の土産物屋のようなこの部屋、ひと部屋しかないこの部屋が、翡翠美術館なのだな。

壁のぐるりに翡翠の工芸品?が飾ってある。部屋の真ん中にもいくつかある。ぜんぶガラスケースに入れられて、スポットライトを浴びている。
ベージュの帽子をかぶった、ほっぺの赤い、黒縁の丸メガネをかけた、団子っ鼻のおじさんのほうが、もう一人のおじさんより熱心な翡翠好きらしい。翡翠の置物(高さ60センチほど、松の盆栽風)を眺めながら、
「かーーっ、すごいねえ」
首をふりふり、しきりに感心している。ケースに顔を近づけ、
「ね、ここ、ここんとこのこれ、これとかねっ、けっさくだよねっ」
ずんぐりとした指をこきざみに揺らし、満足そうにまた首を揺らす。売り子のおばさんにも
「これ(盆栽のもとになった石)、どこから持ってきたのかね」
と盛んに質問していた。

売店にあったのは、翡翠で作った勾玉ペンダント、翡翠のコースター(うすーく輪切りにしてある)、翡翠の数珠、翡翠のループタイなど。何か買いたいと、端から端まで見たのだけれど、欲しいものがなく、あきらめた。
駐車場に戻ったら、わたしの車の横に、横浜ナンバーの車がとまっている。雨が小降りになってきた。ヒグラシがいっせいに鳴きだす。見終わったとたんに雨があがるってのは、いいことなのか、そうでないのか、考えながら高速に戻った。
  1. 2009/09/06(日) 02:37:37|
  2. 日日

夏泊半島

「夜から天気は下り坂です」
そうお知らせするラジオを聞きながら、インターを降りた。

大きな橋を渡り、青森市内に入る。赤や緑や青色のパキンッと非対称に折れ曲がったトタン屋根の家々。この街には、瓦屋根がほとんどない。
フロントガラスの向こうに、ビニールシートを持って歩く高校生カップルが見える。ねぶた祭は19時過ぎからで、いまは17時前。もう場所取りが始まっているのだな。

荷物を置きに、ホテルに向かう。フロントの横に、パチンコの開店祝いの花輪みたいな笠をかぶった浴衣姿の女の子が、四、五人集まっていた。
「はーい、こうやって、足をあげてねー」
先生役らしき女の人が、ぴょいっと跳んでみせる。と、それをまねて女の子たちも、一斉に跳ぶ。肩からさげた鈴がその度に、シャラランランと音をたてる。
これからはじまる祭りで、あの人たち、踊るのだ。花笠のてっぺんについた白い鳩のような飾り?が気になった。

街に出ると、はしっこをガムテープでとめたブルーシートやゴザが、沿道にパッチワークのように広がっている。まだ明るいのに、あちこちで宴会が始まっていた。
缶ビール片手に、箸でお弁当をつつきながら、近所か親戚の噂話を、ふんふんふんふんと交換し合う、とてもよく似た顔をした二人のおばさん。シートの上に座布団を敷き、あぐらを組んで、たいそう景気よく飲んでいるおじいさんもいる。
年季の入ったシートや、手馴れた様子から察するに、こうやって場所取りに励んでるのは、地元の人が多いみたい。
頭に三角のスカーフをかぶり、日傘を片手でささげ持ち、正座をして、広いスペースをひとりで守っているおばあさんもいた。働き盛りの家族のために、時間のある老人部隊が出動してるのかしらん。

日が落ち、太鼓がどーんどーんと鳴り始める。
ねぶたには、踊り手集団と囃し手集団が、どうやらセットでついてくるらしい。ひょいっひょいっと飛び跳ねながら、踊り歩く人々と、笛をふき、ちいさなシンバルのようなものをチャンチャンと鳴らしながら歩く人々。お酒を飲み、真っ赤になって、ねぶたと一緒に踊り狂っている若人も大勢いる。今も昔も、西も東も、ヒト科のワカモノは、大きな音楽を聞きながら踊ることに熱中しがちな生物なのだな。
ほとんどのねぶたに、企業や団体の後援が入っており、わたしの見た限りでは、もっとも格好よく、めだって派手に踊っていたのは、自衛隊(ねぶたは『水滸伝 轟天雷 凌振』)と板金組合(ねぶたは『楠木正行 四条畷の合戦』)のチームだった。

翌日、青森市の隣にある小さな半島、夏泊半島に行く。海水浴場と椿の花とホタテ貝が有名な場所らしい。ホテルにあった地図で「夏泊」という文字を見て、行きたくなったのだ。
くねくね曲がる道を進み、灯台のあるちいさな漁村に車をとめる。ドアを開けたとたん、潮のかおりがぷーんとした。足にからまる海草や、たっぷん〜とやってくる波や、波打ち際にぽたぽたと落ちていた透明なクラゲ、小さな頃に行った海水浴を思い出す。海水浴、楽しかったけど、いつも少し怖かったよなあ。

小さな漁船が何隻もとまっている。八月の初めとは思えないほど、涼しい。うすい灰色のコンクリートの上に、干からびてぺしゃんこになったウニ色のヒトデが落ちていた。波止場にとまった大きなウミネコが、あんた、だれ?、という顔つきでこっちを見てくる。こまかく踏み砕かれた白い貝殻をシャクシャクと踏みながら、灯台まで行って、戻ってきた。
umineko
  1. 2009/08/25(火) 23:06:36|
  2. 東北紀行

8月某日 はれのち夕立のちはれ 桃

昼すぎ、夕立がある。雨があがった後、今年初めての(郡山では)セミの声。網戸の外、瓦屋根のむこうに入道雲が伸び上がってくる。

野菜を買いに、歩いて産直に行く。入口を入った瞬間、甘い匂いがする。そうだった、福島は桃の名産地だった。
ぷりんとした小さなお尻が、ぽこぽこぽこと大量に並んでいる。平たいダンボール入りの家族用から、二つセット、三つセット、傷もの、B級品(とラベルにボールペンで書いてあった)まで、たんとある。少し考え、二個300円(品名あかつき)を買った。これ甘いのかねえ、ほんとうに甘いのかねえ、と味見したそうな顔つきで、店員に話しかけているおばあさんがいた。

他に買ったもの。
ブルーベリー280円(透明プラスチックの丸い箱入)、トマト200円(中くらいのたくさん)、みょうが100円(小さいのたくさん)、ししとう100円(小さいのたくさん)。

郵便局に寄って帰る道すがら、近所の人が立ったり、しゃがんだりして話をしている場所を通る。白いランニングに短パン姿のおじさんが、うちわをパタパタとさせながら、
「あの黒い猫ってどこの? 町内会の?」
と聞いている。
どうやら軒先につるしておいた鳥かごに、猫がとびついたらしい。よってどこの飼い猫がそのような蛮行をはたらいたのか、おじさんはその素性を明らかにしたいらしい。
郵便局への行き帰りに、たまに立ち止まって見るのだけれど、ここんちの軒先には、いつも鳥かごがつるしてある。水色のインコと黄色のインコが二匹入っている。親子なのか夫婦なのか兄弟なのか、どういう間柄なのか知らないのだけれど、果てしなくくちばしをついばみ合っており、大変に仲がいい(ように見える)。

夕ごはんの後、昼間買って来た桃をむいて食べた。安いからまずいかと思ったら、うまかった。汁をぽたぽたと落として食べる。
しかし年々果物好きになってゆくのは、いったいどうした訳かな。昔はそうでもなかったのに、今は冷蔵庫にあると考えるだけでうれしい。むいて切って食べるのもおっくうじゃない。
他に「年々好きになってゆくもの」は、観光地、おばさん、お風呂、魚のお刺身、漬物など。たぶん老化の一種だと思う。
あかつき
  1. 2009/08/04(火) 22:19:27|
  2. 日日

丸岡城

丸岡城はね、現存最古といわれるお城なのですよ。そんな説明を聞きながら、福井での用事を終えたあと、丸岡城に寄った。

昨日までの雨がぱかんとあがり、陽がカリカリと照りつけ、べったりとした空気が肌にまとわりつく。セミが上のほうで鳴いている。
急な階段をえっちらおっちらと登ったら、青空をしょった城が現れた。思ったよりも、ちいさい。ミニチュアのお城みたいにこじんまりしている。天守閣というのは、もっと大きいものだと思っていたがな。
「はいっ、ちーず」
女の人がカメラを構えている。撮られているのは、黄色の半袖ポロシャツにチノパンのおじさん。両手を腰にあて、足をぐいっとふんばり、仁王立ちになってポーズを決めている。なるほど、城と一緒に写るとき、人はこういう格好をしてしまうのだな。

城に向かう石段の踊り場に、でっかい石のシャチが二匹、鎮座ましましていた。いつかの大地震で屋根から落っこちたシャチだという。
(こんなのが落ちてきたら、そら、あんた、びっくりするわねえ)
と、隣にある看板を読んでいたら、背のまがったおばあちゃんとその娘らしきおばさんが後ろから来た。
「おばあちゃん、これ、あそこにあったの、ほれ、あそこから落ちたんだって」
「はあ〜、それがこれかいねえ、はあ〜」
屋根を指差し、見上げたり見下ろしたりしながら熱心に話している。やわらかそうな布の帽子をかぶったおばあちゃんとハンカチで額をぽんぽんと叩いてるおばさん。どちらもとても暑そうだ。

石段を登りきり、入口で靴を下駄箱に入れる。急勾配の階段が、目の前にぐーーんとそびえたっている。つるつると光る木の階段には、手すりもすべり止めもない。上からぶら下がっている白くて太い綱をつたって登るらしい。ちょっとしたアスレチックである。
(すべるかな、靴下脱ごうかな)
考えていたら、さっきのおばあちゃんが、後ろからすたすたと進み出て、手をつき登り始めた。あっという間に二階に消えていく。そういえばバリアフリーって言葉、つい最近出てきた言葉でしたねえと感心する。

はしごを二度登り、お城のてっぺん三階に着いた。部屋の四方にのぞき窓があり、あっちからこっちへ風がさああっと通り抜けていく。ひんやりと冷たい木の床が気持ちいい。
おばあちゃんも無事たどりついたようだ。グレーの瓦屋根と緑の稲田の広がる下界を眺めながら、おばさんと、
「今年来れてほんとうによかったねえ、来年になったら、もう来れるか分からんもんねえ」
「ほんとだよ、ほんとによかったねえ」
うなずきながらゆっくり話している。おいくつなのかたずねたら、80歳だという。下に降りるときも、一人で綱を握り締め、ちゃっちゃっちゃっときれいに降りていった。

下に降り、靴を履き、城の外に出る。まぶしい。石段の上から、広場の石碑の前に立つおばあちゃんとおばさんが見えた。二人並んで、細長い石碑の文字を始めから終りまで、少しずつ横に動きながら、じいいっとていねいに読んでいる。大切にたいせつに観光しているのだなあ。ありがたいものを見た気がした。
ozyare
  1. 2009/07/26(日) 18:27:45|
  2. 日日
次のページ